村上春樹は同じ井戸に降り続けているのか。

「騎士団長殺し」1巻はまだ面白かったのだけど、

2巻目から急に読むスピード落ちた。

つうかさ、もうさ、初めて読む人以外はさ、

この春樹節に飽き飽きしてるんじゃないかなあ。

1ページに一か所は「まるで」って言葉がある。

まるで自分が綴った言葉を「まるで○○のように」という比喩を用いることにより、さらに意味深けに見せかけるかのように。

しかしそこに意味はないし、

あまりにもしつこくて、げんなりし、果てはどうでもよくなってくる。

「まるで」の使用が、それが小説自体の価値を「損なって」いるようにすら感じる。

またこの主人公かよ。

受動的で、いつもいつも「そうしたくはなかった、でもそうするしかなかった」という流されるままの主人公。

妻に去られてばかりの主人公。

女に精液を吸い取られてばかりの主人公。

それも本人の意志ではない。

今回珍しくサンドイッチとビールばかりではなく、

握り飯と緑茶を飲んでいるシーンがあったけどね。

また不思議少女かよ。

「ダンス・ダンス・ダンス」「1Q84」に出てきたような霊感少女。

あけすけに自分の胸の大きさなんかについて大人の男に尋ねる少女。

さらさら髪のファッションおんちの不思議ちゃん。

今回の免色さんは何となく坂本龍一のイメージで読んだんだけど、

これもまた五反田君と主人公の友情に似ているし(その友情は「ロンググッドバイ」でもある)、

今回のこれって「グレートギャツビー」だよね?????

ここまで明らかにギャツビーのエピソードをなぞってええんかいね??

ギャツビーは元恋人の家を見守るために湾の向かいに家を買い、

免色は自分の娘かもしれない子を見守るために谷の向かいに家を買う。

主人公が目的の人物と近しいと知ると計画的に近付き、

しかし面会の場面を作られると急にクールだった佇まいを崩しおろおろする。

ギャツビーまんまやんけ。

そして暴かれる穴。

「ねじまき鳥」の時と同じような井戸の象徴。

リトルピープル大の騎士団長。

大切な人を救うための穴抜け。

説明のつかない受胎。

白いフォレスターの男は、「ねじまき鳥」の時の札幌のバーにいた男と同じ。

春樹は自分でも過去作品を読み返さないと言ってるし、覚えていないらしいけど、

結局それが原因で、何度も何度も同じようなことばっかり書いちゃうんじゃないの??

書く時は深いところに潜って書くというけど、

結局無意識に同じところばかり潜るから、同じものばかり掘り当てるんじゃないの?

ファンは何度も作品を読み返して、古い作品も今でも読んだりするから、

さも新しいことのように春樹が発掘したもの差し出されても(本人は過去出ししたこと記憶にない)、「や、もうそれ知ってるから」ってなるだけ。

同じ場所掘っても、埋ってるものは既出のものばかり。

それに気付いてほしいんだけど。

川上美映子との対談も読んでみるけどさ。

なんかもうここまで毎回同じパターンだとさ・・・。

でも本人からしたら、「書こう」と思ってるわけじゃなくて

自分でもなんで主人公や他の人物がこんなことするのか解からないってことになるんだろうけど(その感覚はわかる。作品中の人物が作者から離れて勝手に行動しだすのは)、結局ソースが同じだから、彼らも同じことしかしないんだろうね・・・。

やっぱり短編やエッセイの方が断然面白いよなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017.05.10 Wednesday | life | - | -
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